「楽しいことがあれば、幸せになれる」

私たちは、いつの間にかそう考えていることがあります。

  • 美味しいものを食べる。
  • 欲しかったものを買う。
  • 誰かに認めてもらう。
  • 目標を達成する。

もちろん、そうした喜びも大切です。

でも、もしそれらがなくなったら、

私たちの幸せも、一緒になくなってしまうのでしょうか——。

第27回から第39回までは、理性から愛へと進みながら、

「正しさ」から「温かさ」へ。
「理解する」ことから「腑に落ちる」ことへ。
「相手を変える」ことから「そのまま受け取る」ことへ。

少しずつ、物事の見方を変えてきました。

そして愛の先には、『喜び』という感覚が見えてきます。

今回は、ホーキンズの意識レベル540「喜び」を手がかりに、

外側の条件だけに頼らない幸福感

について考えてみます。

愛の次に起きること

愛の領域では、

「その人をそのまま受け取る」

という感覚が育っていきます。

そして、自分や相手を無理に変えようとせず、そのまま受け取れるようになると、

「何かがあるから嬉しい」

だけではない感覚にも気づくようになります。

「毎日が少し軽くなった」

「以前より、小さなことに満たされる」

「義務でやっていたことが、いつの間にか楽しくなった」

これは、喜び(540)のレベルへの入口です。

ここでいう「喜び」は、単なる「楽しい」という感情とは少し違います。

何かを手に入れたから嬉しいのではなく、特別なことがなくても、自然と「いいな」と感じられるような感覚。

なんだか、存在していること自体が心地いい

喜び(540)とは何か

ホーキンズのモデルでは、意識レベル500の「愛」の次に、540の「喜び」が置かれています。

意識レベル状態イメージ
500そのままを受け取る
540喜び存在することに満足を感じる
600平和静かに落ち着いている

愛の段階では、

「この人が愛おしい」

「この時間が大切」

というように、何か対象があることも多いでしょう。

一方で、喜びの感覚は、

「なぜ嬉しいのかわからない」

「特別なことは起きていないのに、なんだか満たされている」

という形で現れることがあります。

もちろん、毎日ずっとそう感じるわけではありません。

嬉しい日もあれば、落ち込む日もあります。

それでも、外側の出来事だけでは説明できない、自分の内側から生まれる満足感があります。

外から得る喜びと、内側から生まれる満足感

左右対比のイラスト。左側は曇った都会の風景を背景に、スマートフォンの通知や山積みの買い物袋、豪華な食事に囲まれながら不安げな表情のリスと「外側に探す幸せ」の看板。右側は柔らかな光が差し込む部屋で、目を閉じて両手を胸に当て、穏やかに満たされているリスと「内側にある満足感」の看板。外側に幸せを求める姿と、内側から満たされる姿を対比して表現。
幸せの条件を、外側に一生懸命探し回らなくても大丈夫。今ここにある光に気づくだけで満たされていく。

「喜び」と聞くと、こんな場面を思い浮かべるかもしれません。

  • 美味しいものを食べる
  • 欲しかったものを買う
  • 誰かに褒められる
  • 目標を達成する

どれも、私たちの生活を豊かにしてくれるものです。

問題なのは、それらを

「幸せになるための条件」

にしてしまうこと。

「これがなければ幸せではない」と思うようになると、外側の状況によって、気持ちも大きく揺れやすくなります。

  • 美味しいものを食べられないと、つまらない。
  • 欲しいものが手に入らないと、満たされない。
  • 認めてもらえないと、自分には価値がないように感じる。
  • 結果が出なければ、やる意味がない。

もちろん、こうしたものを楽しむことが悪いわけではありません。

美味しいものを食べることも、欲しいものを買うことも、誰かに認めてもらうことも、私たちに喜びを与えてくれます。

ただ、喜びのすべてを外側に預けなくてもいい。

特別なことがなくても、

  • 朝、カーテンを開けたときの光。
  • 好きな音楽を聴いている時間。
  • 子どもの何気ない仕草。
  • 動物が気持ちよさそうに眠っている姿。
  • 誰かと笑い合った瞬間。

そんな小さな出来事に、

「ああ、なんだかいいな」

と感じることがあります。

幸せになろうと頑張っているわけでもない。

何かを手に入れたわけでもない。

ただ、その瞬間を心地よく感じている。

私は、こうした「何かがあるから嬉しい」だけではない喜びも、私たちの中にある大切な感覚なのだと思います。

ホーキンズの意識レベル540「喜び」を、日常の言葉に置き換えるなら、

「何かを手に入れたから幸せ」ではなく、
「今ここにあるものの中に、自然と喜びを感じられる」

そんな感覚として捉えることができるのではないでしょうか。

「楽しいから動く」という変化

喜びは、行動の仕方にも影響します。

たとえば、

「これを頑張れば認めてもらえる」

「結果を出せば、自分の価値が証明できる」

という気持ちから動いていると、結果が出なかったときに苦しくなります。

一方、

「これをやっていると楽しい」

「なんとなく、やってみたい」

「結果とは別に、この時間が好き」

というところから動くと、行動そのものが満足につながることがあります。

これは、

「結果のために行動する」から「行動そのものを楽しむ」への変化

とも言えます。

第32回で考えた、

「満たされているから、与えられる」

という感覚ともつながっています。

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喜びのレベルになると、これがさらに自然になります。

動くこと自体が喜びだから、疲れにくい。

何かを得るためだけに頑張るのではなく、

「やってみたいからやる」

「誰かの役に立てるのが嬉しいからやる」

「この時間が好きだから続ける」

結果だけを追いかけなくなると、行動そのものの中に楽しさを見つけられることがあります。

喜びを無理につくろうとしない

ここは、今回のテーマで大切にしたいところです。

「もっと幸せにならなきゃ」

「毎日楽しく過ごさなきゃ」

「前向きにならなきゃ」

そう考えすぎると、かえって苦しくなることがあります。

喜びは、無理につくるものではありません。

むしろ、

「今、私は何を感じているんだろう?」

と、自分の状態に気づくこと。

そして、

「こう感じなければいけない」

という決めつけを少し手放すこと。

すると、

「あ、今ちょっと嬉しいな」

と気づく瞬間があります。

大きな幸福感ではなくてもいい。

ほんの少し心地よい。

なんとなく楽しい。

ほっとする。

そんな小さな感覚に気づけることが、喜びを感じる力を育てていきます。

体の感覚から、自分の状態に気づく

窓辺の柔らかな光の中、両手を胸の前で組み、目を閉じて深く息を吐いているリス。「私の体は、今どんな感じ?深い呼吸を、自分にプレゼントする時間。」という文字入り。吐く息は淡い緑色に光り、小さな星のような粒子が漂う。体の感覚に気づくことをテーマにしたイラスト。
『私の体は、今どんな感じ?』 深く息を吐き出すその心地よさが、自分を大切にする手がかり。

ここで、少し自分の体に目を向けてみましょう。

何かをしているとき、

  • 肩の力が抜ける
  • 呼吸が深くなる
  • 表情がゆるむ
  • 体が少し軽く感じる

そんなことはありませんか?

反対に、

「本当はやりたくないけれど、やらなければ」

と思っているときは、

  • 肩に力が入る
  • 呼吸が浅くなる
  • 体がこわばる

ということもあります。

もちろん、体の感覚だけで、

「これは正しい」

「これは間違っている」

と判断する必要はありません。

でも、

「私は今、どんな感じがしている?」

と立ち止まるきっかけにはできます。

頭で正解を探すだけではなく、

自分の体が何を感じているのかにも気づいてみる。

その積み重ねによって、自分が心地よいと感じるものや、無理をしている状態にも気づきやすくなります。

気合を入れるコーヒーから、味わうコーヒーへ

職場に、毎日エナジードリンクを飲んでいる子がいます。

看護師としての知識からは、 「自律神経が休まらないから、あまり体によくないよ」 と伝えてはいます。

が、

あまり強くは言えません。 なぜなら、その「がんばりたい」という気持ちが、痛いほどよくわかるからです。

かつての私も、まったく同じようなことをしていたからです。

それが、毎朝のコーヒーです。

「よし、今日もがんばらなきゃ」 と、体に気合を入れるようにして、飲む朝のコーヒー。

それは、味わうというよりも、胃の中に「流し込む」という感覚に近かったのかもしれません。

でも、コーヒーは覚醒させる作用もあれば、心をゆるめるリラックス効果もあります。

今日これからの仕事のことは横に置いて「今を楽しむ。」を実践する。

まず、立ち上る湯気と一緒に、豊かな香りを胸いっぱいに吸い込んでみる。

「ああ、いい香りだな」 と、ほんの数秒、ひと呼吸置いてみる。

すると、不思議なことに、 同じコーヒーを飲んでいるはずなのに、体の感じ方がまったく違うのです。

「がんばるために、無理やり流し込むもの」から、 「この時間、この香りそのものを味わうためのもの」へ。

なんとなく毎日行っていた朝のルーティンが、 深い呼吸とともに、少しずつ自分の心と体を心地よく整える習慣へと変わっていきました。

もちろん、コーヒーの成分が変わったわけではありません。

変わったのは、同じコップに向き合う、私自身の姿勢でした。

「頑張るために摂るもの」から「味わうもの」へ。

これもまた、外側の刺激に頼るのではなく、 自分の内側の心地よさを感じていく、 暮らしの中の、小さな「喜び」の練習なのだと思います。

結果を出すためでも、 うまくやるためでもない。

ただ、この時間を楽しむ。

もしかすると、喜びというのは、 何かを手に入れたときに生まれるものだけではなく、

今ここにある時間を、そのまま味わうことから生まれるものなのかもしれません。

左右対比のイラスト。左側は曇った色調で、時計に追われながらコーヒーを一気に飲むリスと「がんばるために摂るもの」の看板。右側は温かい光の中で、香りを味わいながらコーヒーを飲むリスと「この時間を味わうもの」の看板。頑張るための行為から、味わう時間への変化を表現。
がんばるために無理やり流し込むものから、今この瞬間を味わうためのものへ。いつもの朝が優しい時間に変わります。

今週の実践|体が軽くなる瞬間を探してみる

今週は、一日の中で、 「体が少し軽くなった瞬間」をひとつ見つけてみてください。

大きな出来事でなくて大丈夫です。

  • 好きな飲み物を飲んだとき。
  • 好きな音楽を聴いたとき。
  • 誰かと笑い合ったとき。
  • 外の空気をふうっと吸い込んだとき。
  • お風呂に入って、力が抜けたとき。

その瞬間に、 「今、少し心地いいな」 と、ただ気づいてみる。

「なぜ嬉しいんだろう?」と分析する必要はありません。

ただ、 「私は今、何を感じている?」 と、自分の内側にそっと触れてみる。

その小さな気づきが、自分の中にある喜びを見つける練習になります。

今回のまとめ

頭から心へ届く「喜び」のワンポイント

  • 愛の先にある「喜び(540)」の意識レベル 対象がなくても存在することが喜びになる状態
  • 「外側の結果」から「内側の満足」へ 出来事や結果に依存する幸せは、環境によって揺らぎやすいもの。特別なことがなくても「今、ここで感じられる心地よさ」に目を向けてみます。
  • 「結果のため」から「プロセスを楽しむ」へ 「〜のために行動する」のを手放し、今やっていることそのものを面白がってみることで、喜びが湧き上がります。
  • 体と心からの「小さなサイン」に気づく 喜びは無理に作るものではありません。「体が軽くなる」「呼吸が深くなる」といった、あなたの体が教えてくれる小さな心地よさを、心が満たされている優しい手がかりにしてみましょう。

「幸せを追いかける」から「幸せに気づく」

夕暮れのオレンジ色の光の中、リスとハリネズミが小さなテーブルを挟んで座り、湯気の立つカップと一輪の花をそっと見つめている水彩画。特別な出来事がなくても、ただ共に在る時間の中に満たされる喜びを表現。
ただ、ここに在るだけで。それだけで、私たちはいつでも満たされている。

次回予告

第41回:喜びを分かち合う|内なる幸せが周りに広がるとき

内側にある喜びに気づくと、
それは自分だけのものではなくなっていくことがあります。

誰かと笑ったり、
一緒に何かを楽しんだり、
ただ楽しそうに過ごしているだけだったり。

自分が無理に「与えよう」としなくても、
その場の空気が少し明るくなることがあります。

では、喜びはどのように人から人へ伝わっていくのでしょうか。

次回は、「喜びを他者と分かち合う」という視点から、
自分の内側に生まれたものが、周りの人との関係にどう影響するのかを考えていきます。

※本シリーズはデヴィッド・ホーキンズ著『パワーかフォースか』をもとに、看護師としての体験や日常の気づきを交えながらお届けしています。

パワーかフォースかシリーズ(全40回)
進捗: 40/40回完了
→ 今読んでいる記事
第40回:内なる喜びを育てる|外側に左右されない幸福
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kawa10umika
看護師15年目 民生委員児童委員 誰も省かれることない社会、みんなが輝く社会を ほっこりするような読後感をめざします!
室井滋さんの朗読で、ムーミンが聴けるようになりました

がんばり続けるのではなく、
少し力を抜く時間も大切に。

『ムーミン谷の彗星』が、
室井滋さんの朗読で楽しめるようになりました。

2026年3月19日より配信開始。
通勤中や寝る前に、やさしい物語を。